いつも誰かに助けてもらってばかりで自己嫌悪。そんな自分にできること一選。
タイトルはまさに自分のことです、管理人です。
もう完全に周りの人たちに助けてもらってばかりの人生です。
その上、自分ができることなんてこれっぽっちもない。
若い時はそんなふうに自分を責めてばかりでした。
でも今は、そこから少し脱することができたと思っています。
周りの人たちに助けてもらってばかり、という部分は今もまったく変わっていないんですけどね。
??どういうことでしょう?
続きは以下でお話ししていきます。
助けてもらうことは「悪」ではない
ダメ人間の管理人の周りには優しい人が多いのか、いつも助けてもらってばかりでした。
他人に何かしてもらったり、与えてもらったり。
他人に助けられること。
なんとなく負担を感じてしまうタイプでした。
自分じゃそれに見合うお返しなんてできないよ〜(泣)。
自分で解決できないなんて、やっぱりダメ人間な自分…。
いつも他人に優しくされるたびに、こんなふうに自分を責めることしかできませんでした。
すると、他人の好意ですら素直に受け取ることも難しくなって、なおさら空回り。
でも逆の立場で考えると、自分が良かれと思ってしたことを受け取ってもらえないって実は結構ショックですよね…。
相手の温かい心遣いは、ただひたすらにありがたいこと。
それを頑なに受け取らない選択はいかがなものでしょう?
他人を助けること、他人に助けられること。
悪いことじゃない。
助け合う心が全く失われたら、世界の終わり(泣)。
助けてもらってまた返す
他人の好意は素直に受け取って、まずはシンプルに感謝すること。
その人に対して何も返せなくたって、相手が自分のことを考えてそうしてくれたことが嬉しすぎるから。
そして、その後することは自分を責めること?
なんか違う気がしますよね。
やっぱりやることは「返すこと」だとわかったんです。
与えてくれた相手でもそうじゃなくてもいい。
全然関係ない人でもいい。
もはや人じゃなくてもいい。
そしてすぐじゃなくてもいい。
自分に余裕があるときでいい。
どんな小さなことでもいい。
自分の周りにある「何か」に、相手に対する感謝から生まれた優しい気持ちを返せばいいんだなぁとわかったんです。
恩返しじゃなくて恩送り。
今までみたいにただ自分を責めて終わってしまうと、せっかくの関わった幸せの輪が自分のところで途切れてしまうんだなぁと。
こんなふうに思えるようになってからは、何の負担も感じずに自然に相手の好意を受け取って感謝することもできるようになりました。
そして、自分が返す先のことを考えると自然と顔が上がり、視野が広くなります。
下ばかり見ていた自分が、少し変わってくる気がしましたよ。
まとめ
ともかく考え過ぎないことです。
自分が心から「ありがたい」と思った気持ちは、「いつかどこかで」返せばいいのではないでしょうか?
そう思って行動すると、あら不思議、そう思う前よりも助けてもらったり支えられる機会がさらに増えた気がするんです。
そしてさらに自分も、たくさんのものにお返しできるようになる。
他人からもらった小さな温かい気持ちが、いつまでも途切れることなくどこかで続いていればいいなと、そう思うようになりました。
自分を責める必要なんてまったくない、そんなに深く考えなくて良かったんだ。
自分の場合は、そんなふうに感じて変わることができましたよ。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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