自分を大切にするために意識したこと

【自己肯定】30代で自分嫌いを克服した私が「自分を大切にする」ためにしたこと

2021年2月11日ラクに生きる,生き方

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今回は、私が自分嫌いを克服する過程で意識していたことの一部をご紹介します。

みなさんにとって参考になる部分があると嬉しいです♪

自分を大切にするために意識したこと【自己肯定感を高める】

①他人を神化、偉い人化しすぎない

私は自己肯定感が低すぎ、どうしても周りの人を必要以上に神聖化、偉い人化して見るクセがついていました。

人の長所が目につくということは決して悪いことではありません。

しかし周りの人のいいところばかり見て、神化してしまうことは決して良くないのです。

神化してしまった人たちの存在の前では、自分の存在をないものにしようとしてしまいがちなんですよ。

なぜなら自分を過度に過小化してしまい、本当の自分を出せなくなるから。

憧れや尊敬の度を越してしまっています。

それからは意図的に人を観察しました。

その人が私以外の人と話している姿を見たり聞いたりしているだけでも、いろいろなことに気が付きます。

よく見たり聞いたりすると、その人自身にも私と同じ、あるいは私にはない歪んだ部分が見えてきたりしたのです。

あの人は何にカチンとくるのか、何をスルーするのか、何に喜ぶのか。

私が神化していたその人も同じ人間で、人には見せない怒りや悲しさなどを持っているんだなと一度感じてしまうと、他人を神化するクセは少しずつ消えていきました。

逆に言うと、自分の嫌なところのことばかり考えてきたせいか、私はしっかり顔を上げて人を見ることすらできていなかったのだ、とも思います。

情けないお話ですね笑。

②傷ついたり腑に落ちなかったことをなかったことにしない。

家族や職場で嫌なことを面と向かって言われたり、ちょっと失礼なことを言われたりするとき。

以前の私なら「ははは」「いいよいいよ〜」と力ない笑いで誤魔化していました。

全然よくないのに。

心の中では泣いたり怒っているのに。

嫌われることが怖くて自分の気持ちに嘘をつくことが多い、というか嘘をついてばかりでしたね。

これでは自己肯定感を高めるどころか下げる一方です。

「自分の気持ちに嘘をつく」とは、「自分の意見や気持ちなんてどうでもいい」と自分で言っているようなもんなんですから。

自動的に「自分は人より劣っている→不当な扱いをされても仕方ない」というようにセルフイメージが歪んでしまうので、自己否定がますます強くなってしまうわけです。

周りをみると、自分の怒りや傷ついたということをうまく伝えながらも、人に嫌われない人もいるっていうのが事実。

じゃあそれを自分で試してみよう、自分自身に証明してみせよう、と考えました。

加えて、私は怒りの感情を出すことが最高に下手くそで、全部ひとりで抱えて爆発を繰り返していたタイプ。

これはいかん!とのことで、それなら小さくこまめにその時の分だけ出す方がいいと思ったんです。

重視していたのは、それを伝えて相手の行動をどう変えるか、相手がどう変わるか、ということではありません。

「私はこんな扱いをされていい人間じゃないんだよ。そもそもそんな失礼な扱いをされていい人なんていないんだよ」と自分に認識させたこと。

相手ではなく、自分です。

自分の味方になり、守ってあげるイメージですね。

③自分と人を比べない。

比較して落ち込むことはすでに無駄だとわかってはいました。

しかし止められない。

少し意識ポイントを変えました。

まずは自分と他人は別物思考を強めました。

自分の思考と人の思考は違うし、環境も立場も、何から何まで違う。

「私がこう思うから相手もこうだろう」という思考をとにかく否定して、どんな可能性もあり得ると考え直すことを徹底しました。

その上でこんな話を聞きました。

そもそも人と比べてしまうときって、だいたいすでにメンタルが落ちて、うつの方へ進んでいっていることが多いんですって。

確かにわりと元気なときって、あまり人のことが気にならずに自分の感じ方で動けている気がします。

本来大切なことは「自分がどう思うか、どう感じるか」というところなんですよね。

とりあえずは人と比べ始めたら「あら、マズい。今は下降期なのかな?さっさとこの電車から降りなきゃ!」自分の落ち具合を確認する意味で意識することにしました。

そうするとあんなに比較したくなくても比較してしまうクセが、わりとアッサリとなくなりました。

予め防ぐ、予防に走ったわけです。

追い込まれるところまでいってしまうと、その時にはすでにかなり視野が狭くなっているんです。

それこそ自分の悪いところばかりにしか目がいかなかった私のように。

周りをしっかり見ることができていなかった私のように。

そういった意味では、客観的に自分を捉えようとするいい練習にもなったのかもしれません。

④言われたことを拡大解釈しない。

私にとってはこのクセもなかなか厄介でしたね。

言葉や態度の裏を勝手に想像して悪い方へ拡大してしまうんです。

想像力だけはすごいので、果てがない壮大な拡大解釈をしてましたね(笑)。

その時というよりはどちらかというと、少し時間が経った後に「あのときのアレは…」という感じで、1人で想像タイムが始まっちゃうんですよ。

そこからグルグル思考の始まりです。いつになったら終わるの?って感じで。

人から嫌われることに対する恐怖や不安を持ち続けていたものですから、何かあるとすぐ自分が悪く言われていると思ってしまっていたんです。

はい、1人で勝手に(笑)。

とにかく相手のセリフや態度をシンプルにそのままを受け取ろうと相当意識しました。

あとから悪い想像に走りそうになったら、何か別の要因があったんじゃないだろうか?と想像して、可能性が別にあることを意識しました。

そして別の可能性があるときは、必ず自分のせいではなく「それ」のせいということにしていました(笑)。

これ、とても大切なポイントです。

だって聞いてみない限りは本当のところはわかりませんからね(笑)。

このように図々しくも、自分の想像の中で自分を悪者にするということをなくしていきました。

⑤自分も話していいとしっかり許可を出す。

自分に自信がないと、誰かと話すということが大変です。

私の話なんて…と本人が思ってますから、声も小さくなってしまったりして尚更伝わらなかったり。

数人で会話なんてすると、上手く会話に乗って行けず落ち込みポイントがわんさかあるわけです。

そして何かあると「私の話なんて誰も聞かないよね」「返事される価値もないよね」なんて思うんですよ。

これまた1人で勝手に(笑)。笑っちゃうくらい卑屈です(笑)。

まずはいつもより少しだけ大きな声で話すようにしました。

そして話を遮られたとしても、相手の耳に届いてなくても、話を途中で引っ込めないで最後まで話し通しました。

返事がなくても1人でいじけて完結しないと決め、もう一回聞き返したりしました。

とにかく自分の存在が消えてしまうことをそのまま見て見ぬ振りしたり、自分から引っ込むことをやめました。

誰だって話していい、私だって話していいんですから。

⑥人に好かれようと思って行動しない。

これは自分で自分をダメ人間と思わないためのスペシャルな策です。

嫌われることを極端に恐れていると、人に好かれるためにせっせと行動しがちなところがあると思います。

それが本当は嫌なことだとしても、それはせっせと…。

人に好かれようと思いながら行動して、それでも好かれなかったら、私はあんなにやってあげたのに…というような負の感情に苛まれます。

たとえその結果が良いものになったとしても、「こうしなければやっぱり自分はダメなんだな」という感情に。

そしてその後も、「こうしたからあなたは私によくしてくれるんでしょ?」という疑いの気持ちが、頭からへばりついて離れなくなります。

この理屈がわかってからの私は、急に何もしない人間になったと思います(笑)。

どれだけ好かれたかったんだよ!って自分でも驚きでした(笑)。

それと同時に、好かれるために意図的にしていたことや振る舞っていたことがあまりにも多かったことに気づいたときは、正直とてもショックでした。。

結局のところ自分の好意は、自分のことしか考えてなかったところから生まれていた嘘の好意だったんですから。

一度何もしないことを覚えた私は、「しなければ」と思っていたところを「してもしなくてもどちらでもいい」ということがわかったので、それだけでも思考が柔軟になりました。

えぇ、永遠にしなくてもいいし、したいと思えば勿論したっていいんです。

どっちだっていいんです。

そこは自分で選んでいい、むしろ選ぶべきなんですよね。

こんな感じで「人に嫌われないように動かなければ私は好かれないんだ」という信念を一回なくしてみました。

そうすると、「何もしない私」でも相手が今までと何ら変わりなく接してくれたり、普通に親切にしてもらったり…という経験を小さく積み重ねていくんです。

その積み重ねで、「無理に好かれようとしなくても私は大丈夫なんだ」という気持ちに少しずつ変わっていったのです。

あとがき

私が自分を受け入れられたのは30代後半です。

それまでいろいろな方法で自分を「好きになれるよう」に頑張ってきたけど、まったく叶いませんでした。

「好きになる」ではなく「大切にしよう」と思いました。

自分を大切にすると覚悟して意識し始めた頃は、私にとっては本当に難しい作業の連続でした。

人生いろいろ、浮き沈みもあるのに、その中でこの目的を忘れずにやっていくことは大変なときも多かったです。

でも、周りには自分の人生を心から楽しんでいる人がたくさんいる。

自分も早くそうなりたいと本気で思いました。

監視官がいるわけでもないし、誰かに試されてるわけでもない。

自分を心底救いたくて、自分で始めたことです。

何度も何度も繰り返し、頭と身体から今までの悪いクセをとって、一刻も早くゼロ地点に戻りたかった。

ただそれだけでした。

でも意識し続けていると、少しずつ自分で変化を感じることができるようになってくるんです。

それがたまらなくワクワクできましたね。

世の中の自己肯定感の低くない人たちは、こういう感じで世界を見ていたの??って思いました。

少しずつ歪んだ感覚がなくなり、正常で公平な感覚がわかってくるんです。

まだまだ「きえぇぇぇーっ!!」と心を乱すこともありますが、なるべく再び自分を嫌いになってしまうような行動をしないように、今は心がけています。

今日の記事も悩んでいる誰かに届きますように…。

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